こんばんはっ!
ペンターン女子のEmmaです。

 

みなさん、五月病になってないですか?
わたしは仕事も楽しいし、夏が楽しみで、毎日たのしく過ごしてます。

今日はわたしがだいすきな、いつも見ている、うみの写真をいくつか紹介します。

朝5時の気仙沼内湾。こちらなんと、加工なし。

 

冬の日の朝早く、帰省するシェアメイトを駅まで送って行った帰り。
夜明けとともに、浜の朝もはじまる。

 

唐桑の藤浜。牡蠣の養殖いかだです。
6年前、ボランティアにきてたとき、最初きたときは海になにも浮かんでなかったのに、くるたびにいかだが増えてて、復興の証だ、って思って、それがくるたびのたのしみでした。

 

唐桑の津本プライベートビーチ。
つい前まで砂利だったけど、去年の夏の台風の日の次の朝には砂浜に変わってて、びっくり。
(浜にあった砂の崖が崩れたらしい。どんな量よっ!)

 

いつも家の近くの浜まで、愛犬うみを散歩させていく途中、浜へ降りる林道から見える景色。
ホタテのいかだと大島の亀山。最高。

 

 @唐桑の牡蠣小屋。
牡蠣小屋には、ウッドデッキがあって、そこはわたしのからくわお気に入りスポットのひとつ。
水が澄んだ日は海面がキラキラしてて、グラデーションで、とってもきれい。つい入りたくなっちゃう。

 

外海の笹浜。
波が荒い日は、ザッバーン!ザッバーン!って波の音がすごい。
ここの浜の漁師も、夜の波の音、風の音を聞いて次の日の仕事を決める。

 

唐桑の北にある小原木地区の大理石海岸。
小学生たちと浜までまち歩き。晴れの日で、とってもきれいなグラデーションだった。

 

唐桑半島の先端にある御崎観光港。ここは夕焼けがとってもきれい。
6年前に初めて唐桑にきたとき、みんなでここに来て、海で見る夕焼けに感動したのを思い出しました。

 

こちらもなんと加工なし。
気仙沼のそらとうみを、こんないろにする朝焼けや夕焼け。
帰り道、夕焼けがきれいで、急いで浜へいって撮りました。

 

 

 

わたしは、うみがだいすきです。
季節によって、うみのいろがちがう。
天気によって、うみのいろがちがう。
うみって、まるで、そらの表情をうつす鏡みたいですよね。

このまちの漁師たちは、朝、うみやそらの表情をみて、その日いちにちの過ごし方、その日の仕事を決めます。

夜寝るとき、波や風の音をきいて、明日の仕事を考えます。

このまちにすむ人にとって、うみは仕事場であり、遊び場であり、生活の場であり、とっても近い存在。
「俺の恋人は海だ」という漁師もいるほど。

だけど、うみはときに牙をむきます。

だいすきだったうみが、突然だいきらいになることもある。
毎日見ていたうみを、二度と見たくなくなることもある。

うみから恵みを受けて生活し、うみのいいところを多分に享受しながらも、ときおりみせるうみの怖さに畏敬の念を抱きながら生きる。

このまちで生きていくっていうのは、そういうことなのかなぁと、おそるおそる感じているのです。

ある地元の人に言われました。
「うみは、うみで、うみなんだ」

当たり前のようだけど、ずっしりした言葉でした。

「海と生きる」
これは気仙沼市のスローガンでもありますが、それは決してかんたんなことではないなぁと思います。

「うみはなめちゃいけねぇ」

漁師たちは口を揃えて言います。

 

それでも、わたしはうみがすきです。
唐桑では、道を歩けば、どこかに見えるうみ。
うみのそばの生活はゆたかで。
いい意味でも悪い意味でも、自然とともに生きている。
そんな実感をしながら、最近は暮らしています。

 

Emma